大甲子園は皆様の日々の糧足りうるか?-宇ち多゛でモツ焼食いながら考えた-

とりあえず一昨日書いたPerfume文のことは君らもうええやろ(;´Д`)

「うちは長居はさせない」
「宇(う)ち多゛(だ)」のマスター内田忠男さん(68)はきっぱりと言う。「せいぜい、1時間が限度だ」
(中略)
「うちは酔っぱらいのために飲ませているんじゃない。明日、一生懸命働くために飲んでもらうんだ」
asahi.com:立石仲見世編(5)-マイタウン東京

 さて最低限の引用なのでアレだが泣く子も黙る立石の名店宇ち多゛である。夜勤明けにたまに行くのだがいつ行っても昼間からおっさん達で混雑している。「安いうまい早い」「注文の仕方が二郎やスターバックスより難しい」「長居していると追い出される」「焼酎梅割りが強烈」と色々言われているが全て本当である。最初敷居は高いかもしれないがルールさえ覚えてしまえばすごく良い店である。要するに大人の酒飲みしか来てはいけない店だ。逆にチェーン店は至れりつくせりであるがために客を子供扱いしているなあと思う(長話とか打ち合わせはチェーン店は長居できるので好都合だけどね)。

 で、本題と引用箇所の話に戻ろう。冒頭に上げた宇ち多゛のマスターの言葉だがこれはマジもんである。実際少しでも酔ってる所を見せると「あんた下地作ってるでしょ?」と訊ねてくる。酔っ払いのためじゃない、日々を生きるための糧なんだという主張はモツ焼2本170円と焼酎梅割り170円という恐ろしく安い価格にも現れている。まー客は近所の人達と居酒屋趣味な遠くから来る人達が多いのだが、皆その辺りわかっている人達ばかりなので皆長居せずに出て行く。恐らくは「また来る→明日からまた頑張る」と思ったり思わなかったりしつつ。宇ち多゛に限らないけどモツは立石のソウルフードだと思う。

 そんなこんなで最近ではオレ達の音楽も聴く人の日々の糧たりうるか?という事をひそかに考えております。メンバーにはそういう話はした事ないんだけどね。一部のヒップホップ、グライムやダブステップ、ゲットーテック、古くはディスコ〜ハウスや初期デトロイト・テクノの様なマイノリティや労働者階級の日々の生きる糧としての音楽に比べたら強度がまるで足りないのだがライブやってると少なからず「オシリペンペンズみたく作為的な所がないのですごく好きです」とか「何年かぶりに楽器買っちゃったよ!!」という感想も聞くのでこれはもう適当にやるワケにはいかんかも知れんねと思ったのですよ。適当にやってるつもりは全くねえけどな。宇ち多゛の皆様も日々の努力の積み重ねで客は皆「良かったなあ。また来るか」と思うわけで、オレらもやるからには聴く人の日々の糧になるかどうかはわからないけど何かしら心に残りたいというのはあるのですよ。まーオレらの場合肩肘はったら逆にダメになる可能性もあるのですが頑張りますよ。