うな茶

# Bukimi 『 んで明日(9/10)の浜松鰻重重オフはどうしますか?』

# testcard 『そんなん知らんがや(;´Д`) うまそうだけど』

身に覚えが無い誘いがあったわけだが、確か浜松の八百徳*1で食ったうなぎ茶漬けはちょううまかったです。名古屋だとひつまぶしともゆうけどな。けど一食こんなに高かったかなあ(;´Д`)

あと成田にはちょくちょく行っていた事があるのだが成田山への門前までの道にはうなぎ屋がやたら並んでいるんだよね。

http://www.nrtk.jp/ht/eel/index.html

『うなぎ』と成田を直接結びつける文献は、今のところないのですが、今日の「うなぎ」を扱う店の多さの理由には次のようなことが考えられます。
まずは、利根川と印旗沼に挟まれている土地であること。今は獲れにくくなりましたが、昭和初期の漁業暦には、一年を通して「うなぎ」が獲れたと記してあります。
 さらに、江戸時代の「成田の発展とうなぎを食べる習慣の広がり」も挙げられるでしょう。成田山新勝寺が1703年(元禄16年)に初めて江戸深川に出開帳を行った際、庶民に絶大なる人気を博していた初代市川団十郎が、成田の出身ということで、この出開帳に参詣しました。そのため、一躍成田の名が江戸中に広がりました。時代は絢爛豪華な元禄年間。庶民の生活も落ち着きを見せていたため、江戸から3〜4日の適当な行楽地である、成田山新勝寺への参詣客が増えていったのです。
 また、うなぎを食べる習慣が江戸庶民に広がり始めたのもこの頃からです。「土用の丑の日には『うなぎ』を食べると夏バテをしない」という平賀源内の有名な言葉が残っています。

「直接結びつける文献は、今のところない」と前置きしてはいるけれど割と説得力のある説かもしれんね。しかも平賀源内より先なのか。しかし成田に散々行ったけどうなぎ食った事は無いのですよ(;´Д`)くそうくそう